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癒しの杜

美しい日本を取り戻す 随神の道 子供達に日本の素晴らしさを伝えます。

神宮125社巡り 第9弾五十鈴川めぐり

今回のコースは、清流五十鈴川を下り、倉田山を経由する距離があるコースです

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五十鈴川めぐり Map

御幸道路を内宮方面に向かう途中に、月讀宮の杜が見えます

古事記に出て来る三貴神の一人で在られる月讀尊が祭られています

古事記では伊邪那岐命黄泉国から逃げ帰って、「筑紫日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)(つくしの ひむかの たちばなの おどの あはぎはら)」で禊ぎをした時に右目から生まれた とされ、左目から生まれたのが天照大御神で、鼻から生まれたのが須佐之男命と言われます

ツクヨミの神名については、複数の由来説があります 以下Wkipediaより引用

 

まず、最も有力な説として、「月を読む」ことから暦と結びつける由来説がある[3]上代特殊仮名遣では、「暦や月齢を数える」ことを意味する「読み」の訓字例「余美・餘美」がいずれもヨ乙類・ミ甲類で「月読」と一致していることから、ツクヨミの原義は、日月を数える「読み」から来たものと考えられる。例えば暦=コヨミは、「日を読む」すなわち「日数み(カヨミ)」である[13]のに対して、ツキヨミもまた月を読むことにつながる。

「読む」は、『万葉集』にも「月日を読みて」「月読めば」など時間(日月)を数える意味で使われている例があり、また暦の歴史を見ると、月の満ち欠けや運行が暦の基準として用いられており、世界的に太陰暦太陽暦に先行して発生した。「一月二月」という日の数え方にもその名残があるように、月と暦は非常に関係が深いつまり、ツクヨミは日月を数えることから、暦を司る神格であろうと解釈されている[3]

その他にも、海神のワタツミ、山神のオオヤマツミと同じく、「ツクヨのミ」(「ツクヨ」が月で「ミ」は神霊の意)から「月の神」の意とする説がある[14]

このようにはっきりと甲乙の異なる「ヨ」や、発音の異なる「ユ」の表記が並行して用いられていること、そして『記紀万葉』のみならず『延喜式』などやや後世の文献でも数通りの呼称があり、表記がどれかに収束することなく、ヨの甲乙が異なる「月読」と「月夜見」表記が並行して用いられている。引用終わり

月讀宮には、以下の写真にあるように月讀尊をはじめとする4別宮が並びお参りする順番が決まっています

 

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皇大神宮別宮…ご祭神は月讀尊つきよみのみこと)天照大御神の弟神
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月讀荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)…皇大神宮別宮 ご祭神は月讀尊の荒御魂を祭ります
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伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)…皇大神宮別宮

ご祭神…伊弉諾尊 天照大御神月讀尊の父神を祭ります

伊佐奈彌宮(いざなみのみや)…皇大神宮別宮 御祭神は伊弉冉尊 天照大御神月讀尊の母神を祭ります


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月讀宮の杜を出たところに、葭原神社(あしはらじんじゃ)があります

皇大神宮末社…ご祭神 佐佐津比古命(ささつひこのみこと)

           宇迦乃御玉御祖命(うかのみたまのみおやのみこと)

           伊加利比売命(いかりひめのみこと)

田畑を守護する五穀の神様です


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次に苔が美しい宇治山田神社(うじようだじんじゃ)を参拝します


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宇治山田神社豊受大神宮摂社

ご祭神…山田姫命(ようだひめのみこと) 大水上神(おおみなかみのかみ)の御子で水の神、倭姫命が定められたと伝わります


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宇治山田神社をあとにして、五十鈴川畔へ 川沿いの土堤道を下流に向かい五十鈴橋を渡ると、大土御祖神社(おおつちみおやじんじゃ)国津御祖神社があり、その先は神宮神田が広がっています



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大土御祖神社皇大神宮摂社 ご祭神…大国玉命(おおくにたまのみこと)

                  水佐佐良比古命(みずささらひこのみこと)

                  水佐佐良比賣命(みずさされひめのみこと)

三神とも国生神(くなりのかみ)の御子であらせられ、倭姫命が定められました


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国津御祖神社皇大神宮摂社 ご祭神…宇治比賣命(うじひめのみこと)

                  田村比賣命(たむらひめのみこと)

二神とも国生神の御子で土地の神様であります


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五十鈴川の左岸に戻り、さらに下流へと進むと、三方を川に面して鏡宮神社が祭られています

対岸に朝熊神社朝熊御前神社が鎮まっています

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鏡宮神社(かがみのみやじんじゃ)…皇大神宮摂社 

ご祭神…岩上二面神鏡霊(いわのうえのふたつのかがみのみたま)

朝熊神社の御前神で、御鏡を鎮祭します


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五十鈴川の分流点に鎮まります


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朝熊神社(あさくまじんじゃ)…皇大神宮摂社

ご祭神…大歳神(おおとしのかみ)

    苔虫神(こけむしのかみ)

    朝熊水神(あさくまのみずのかみ)

皇大神宮第一の摂社で、この地の守護神で五穀と水の神であられます

朝熊御前神社(あさくまみまえじんじゃ)…皇大神宮摂社

ご祭神…朝熊御前神 朝熊神社に並んでご鎮座なされています

 

堀川橋に戻って田園地帯を行くと、松の木が目印の加努弥神社が現れます


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加努弥神社(かぬみじんじゃ)…皇大神宮末社

ご祭神…稲依比女命(いなよりひめのみこと)

大歳神の御子で、五穀の守護神と言われ、社殿はなく、石畳に祭られています

田圃の中に立っています

 

鹿海の集落を抜けて国道23号へ出たら、信号を渡って倉田山へ行きますと、倭姫宮に向かいます


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倭姫宮(やまとひめのみや)…皇大神宮別宮

ご祭神…倭姫命(やまとひめのみこと) 天照大御神の御杖代(みつえしろ)となって

大和から伊勢に巡行された垂仁天皇の皇女で、神宮のお祭りをはじめ、数多くの摂社、末社を定められるなど偉大なる功績を残されたにもかかわらず、命をお祭りする宮社がなかったため、神宮ならびに地元の熱望により、大正12年(1923)11月5日にご鎮座されました


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倭姫宮が鎮まるこの地は、伊勢きっての文教地区で、皇學館中、高、大学・倉田山中学校・伊勢高校(因みに我が母校です)・神宮徴古館、農業館や神宮美術館などなど、神宮の縁の施設が沢山あって、静かで春は桜、秋は紅葉も見れますし、落ち着く場所です

来勢の折は、是非訪れていただきたいと思います

最後までお読みいただきありがとうございます。