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癒しの杜

美しい日本を取り戻す 随神の道 子供達に日本の素晴らしさを伝えます。

マイ・ストーリー part2

さらに、追い打ちをかけるように、不幸なことが次々と起こりました。

 

父が倒れました。血液の癌みたいなもので(白血病ではありません、病名は忘れました) 入院です 母親はオロオロするばかり… 入退院を繰り返します

 

今から思えば、父の食生活はダメダメで、暴飲暴食、甘い物大好き!!

病気にならない方が、オカシイくらいの食生活でした

肉は脂身が大好きで、すき焼き時でも焼く時に使う白い油の塊を焼いて食べるくらいです 甘い物がまたまた大好きで、砂糖たっぷりの砂糖水を風呂あがりに飲むのが習慣でした その代わり、お酒は飲みませんでしたが…

皆様の父の食生活の逆をなさると、健康に過ごせるのではないでしょうか?

因みに、僕はヴィーガンで、グルテンフリー シュガーフリー、カゼインフリーの食生活です

 

それに、大体、一日一食です だから、自分からほとんど外食はしないし、スーパーに行っても、買うのは納豆と豆腐、豆乳、ナッツくらいです そして、主に玄米食です

お酒は飲みますが… 特に、グルテンフリーとシュガーフリーはお勧めです 肉体的に良くなるばかりでなく、何より精神面で安定します

 

閑話休題

そうこうしている内に、呆気なく父は逝ってしまいました 何とも言えない感情が溢れ出し、慟哭しました 感情を表に出せない自分がこんな激しい感情を出したことに我ながら驚きでした

 

でも、その後がまた大変! 初めての喪主で分からないことだらけ 周りの親戚はあてにならず 自分ひとりで仕切ることとなりました 

と、突然、体調に異変が、、、体験したことが腹痛に襲われ、夜中救急車で運ばれる羽目に 精密検査の結果…うんこが詰まっていて、腸を圧迫していたみたいです(笑)

そう言えば、三日位大便が出なかったのです 

でも、力がわかず、葬式当日弔辞も読めず… 情けなかったです 益々落ち込んでいきました

葬式も終わっても、ホッとする間もなく、母親の様子が変なことに気づきました

泪も見せずに、ソワソワ、ブツブツ、訳の分からに事を喋り、同じことを繰り返し喋り

「どうしたら ええの~」「お金がな~い」 まるで、性格が変わってしまったようです 

 

その兆候は、父の看病をしている時からあったようです。でも、気付いた時はもう遅かったのです 眠れず、食事もろくにせず、痩せこけていきました。

 

僕の家は共働きで、一日中母の面倒を看ることは出来ず、妹家族に頼みました。

でも、妹の家でもずーっと妹の後をついて回り、ついに妹が面倒見切れない と泣きついてきました。厄介者扱いです。

 

追い詰められました。泣く泣く、精神病院専門院に入院させました。

そこでの患者の扱いは、ペット以下で人権などありませんでした。薬漬けで、治療と言えるのか?と思う程です

 

そんな所に母を入れた自分が、情けなく、ますます落ち込み自分の鬱も酷くなりました。ちょっと改善したとみるや退院させられ、完治したわけではないので、またすぐ、症状が発生して入院です。そんなことを数回繰り返します。

 

そうこうしている内に、認知症と判断されました。そうなると、病院では受け入れできず、グループホームに入居となります。

 

でも、なかなか母に適したグループホームが見つからず…

やっと、近くでグループホームの空きがあり、入居しました。

 

もう、十五年以上になります。まだ、健在ですが、グループホームの担当の医師からは、食欲も落ちているし、十五年以上も経つといつ息を引き取ってもおかしくないと言われ、同意書も書きました。終末医療です。

 

でも、これで終わらなかったのです。妻が「なんかお腹が膨れて来ていて治らないの!」と言いだしたのです。という訳で、急遽、精密検査入院です。

 

検査結果は…子宮癌‼ しかも、末期でステージⅣ。外科手術をして開いてみると、リンパ節まで転移していて、何もできずに閉じたそうです。

後は、抗がん剤治療です。治る見込みはなく、奇跡を信じるしかありませんでした。

ご存知のように、抗がん剤は毒なので、頭髪は抜け、鬘をつけました。

今であれば、断食を選択したのですが、当時はそんな知識もなく、妻の看病に自分の生活のすべてを捧げました。会社も辞めて、妻との残りの時間を一緒に過ごそうと決心しました。

 

誰かのためにこれほど、尽くしたことは今までありませんでした。

そのため、自分の鬱は治ったのか、わかりませんが、凄く充実感があったのです。

 

でも、奇跡は起きませんでした。妻は静かに逝ってしまいました。

 

その後、義父との諍いがあり、相続の問題が発生しました。

妻が生きている時から葬式の事を持ち出し、世間体をすごく気にする人だと分かったのです。もう、なんか、許せませんでした。普段は感情を出さない僕ですが、怒りが込み上げてきたのです。葬式の時も一言も口を聞くこともなく、人前ではおいおい泣き喚き散らし、悲しい父親を演じていました。

 

僕は、人を信じられなくなりました。

 

相続の問題を抱えながら、次々と伯父伯母が亡くなりました。

一気に喪失感と孤独感に襲われました。

 

世の中の不条理を実感したのです。

 

当に、ドラマを観ているかのような展開。。。そう、そうなのです。

 

自分が観ている世界は自分が作り出しているのです。

自分が映画監督であり、脳の映写機でスクリーンに映し出し、それを観客として観ているのも自分なのです。自作自演出演者も自分が決めているのです。

 

それに気づかずに、他人のせい、世間のせいにしている内は、何の問題も解決しないのです。解決したかのように見えても、また、新たな問題が起きるのです。

それに、気づかないうちは、何度も何度も繰り返します

 

並木良和先生、Dr.Tのマインド・コーチングの言っている通りなのです。

 

それに、気づき、行動を代えた途端、自分の見えている世界がガラリと変わったのです

 

他人を変える事は、大変難しいですが、自分を変える事は今すぐ出来るのです。

 

気づいて行動を起こせるかどうかです。

ただそれだけです。簡単でした。

 

今、Dr.Tのマインド・コーチングを受けています。

釈迦の教え...縁起と空 なのです 

このことに気づかせてくれ、そして、行動を起こせたことで、僕は救われました。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 

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